― 天に向かい咲く花 ―



国は既に数年前から滅びかけていた。先代の王の治世に、王家付きの占い師が予言した。

「『天に向かい咲く花』を見つけなければ、この国は滅びるだろう」

予言が的中するかのように、目に見えて国は滅びの道を歩んでいる。
度重なる他国との戦争に内紛、それに申し合わせたかのように起こる疫病の流行や飢饉、異民族の侵入・・・重税に苦しむ人々は笑顔を忘れ、虚ろな瞳で畑を耕す。
兵士は口汚く罵りながら、税の徴収を繰り返す。位の高い貴族はそれを何とも思わず、他人の稼ぎで優雅な暮らし。王も貴族と同様である。国の運営は疎かになる一方で普段は派手なドレスを身に纏った美しい女達と戯れ、国民から巻き上げた税金で贅沢三昧な暮らしをしているだけだった。

しかし、兵士達に一つの命令は下していた。

「『天に向かい咲く花』を探せ」

花を見つけるために、大勢の兵士が各地に赴き花という花を探し、摘み取って国へ持ち帰っていた。しかし花を目にした占い師は首を横に振るばかりで、目的の花は一向に見つからずただ時間だけが過ぎ、兵士を駆り出すためにまた多くの税金が搾り取られる日々が送られていた。

「こんなに探して見つけられぬのか!『花』が無ければ国は滅びる!私がどうなってもよいというのか?!」

そんな罵声が兵士達に毎日のように飛びかかる。王に愛想が尽きて国から離れる者も少なくなかった。
ある日、『花』の探索責任者である騎士団長は決断をした。このような物を探す専門家―即ち古代遺跡や埋もれた財宝を求めて旅をする『冒険者』に頼ろうと。








冒険者の溜り場は基本的に酒場だ。様々な人間が集まるので情報収集にはもってこいの場所である。古代遺跡が頻繁に発掘される街では酒場が冒険者達で溢れかえっているような状況だが、この国の城下町の酒場はどこも閑散としていた。
客はいるにはいるが、冒険者とは全くといって関係ない一般民衆が、辛い生活のせめてもの慰みとして酒を煽っているという具合だ。
しかし、一軒の店に旅人風の格好をした客が珍しく来ていた。男、女、幼い子供の三人は陰気臭い酒場で明るい笑い声をあげながら食事をしているところだった。

「お前達冒険者か?」

その一行に兵士の二人組が無礼な調子で声をかけた。笑い声が途絶え、声をかけられた三人のうち男だけが兵士達を振り返った。

「そうかと聞かれたらその部類に入ると思いますが・・・貴方がたこの国の兵士ですか?それにしては態度がなってませんね。人に物を尋ねるにはもっと礼儀というものがあるでしょうに」

わざとらしく溜息をついて半分ほどコップに残っていた葡萄酒を一気に飲み干す。女と子供は我関せずといった感じで兵士達に気にすることなく食事を続けていた。

「騎士団長からの依頼だ。ある物を探している。報酬は弾むとのことだ」

男の言うことは全く気にも留めず用件だけ告げ、引き受ける気があるなら詳しいことを聞きに城まで来いと言い残して兵士達は去っていった。

「まったく、陰気臭い国だと思っていましたが、国を守る兵士があんなではそりゃ陰気臭くもなるものですねえ」
「そんなこと思っていても言うもんじゃないわよ。で、どうするの。引き受ける?」
「引き受ける?」

女が男に聞くと、子供も女の口真似をした。しかし子供はその意味をきっと判っていない。男と女が相談を始めても話の内容がよく判らないので子供は食べ途中だったパンに齧り付いていた。

「あまり乗り気ではありませんが話は聞いてみましょう。そろそろ所持金の心配をしなければならない頃ですからね」
「そうね。この国じゃいい話はないと思っていたし」

明日城に行くということを決めて、男と女は再び食事に戻った。その日だけ、普段は暗い雰囲気の酒場は三人の笑顔のために温かな空気に満ち溢れていた。






翌朝、荷物をまとめた三人は宿屋を出て城へと向かった。男は、元の色は白だったであろうが、旅のせいか薄汚れてきている足首まである外套に身を包んでいた。背は高く痩せ型だが、運動不足で薄い筋肉の不健康な痩せ方をしているのではなく、適度に筋肉は付いているようだ。そして、背には下半分は丸く上半分は長細い不思議な形をした革張りの箱を背負っていた
女は動き易さを重視してか革鎧を身に纏っていた。普通の女性では持ち上げることも適わなさそうな大剣を腰に差しているが不自由なく歩いている。小柄なので男と並ぶと男の腹当たりまでしか背がない。なのでその剣は余計に存在感がある。耳下辺りまで短く切った明るい茶色の髪が、一歩歩くごとに軽快に揺れる。こちらも男と同じような箱を背負っていた。
子供は足首まである象牙色の外套で身体が覆われている。眠そうな目を擦りながら、女に手を繋がれていた。髪が肩辺りまで伸びている、年は十を数えたぐらいの少女だった。

城に到着し、険しい表情の門番をしている兵士に声をかける。

「昨日、ある物を見つけて欲しいと言われて来たのですけど・・・」
「冒険者だな?入れ。騎士団長が詳しい話をされる」

三人は城の中の一室に通され、騎士団長が来るのをそこで待った。部屋には贅を尽くされた家具やら絵画やらが所狭しと配置されている。豪華を通り越して趣味が悪い、と男は感じた。あまりにも街の様子と城内が違いすぎるので、口には出さなかったがあまりよくない依頼なのではないかと想像もする。報酬というのも民衆から搾り取った金で賄うのだろう。
それは気持ちいいものではなかったが、ここまで来てしまったからには一応依頼の内容だけでも聞いておこうと女と決めていた。
やがて、これもまた細かい装飾が隅々まで入れられている扉がそっと開き、鎧姿の青年男性が入ってきた。三人に会釈をして部屋の中にある柔らかな椅子に腰を下ろし、男達にも椅子を勧めた。

「私は騎士団長のリェラスと申します。来てくださり感謝しております・・・本来我々が解決すべき問題なのですが」

兵士達の不躾な態度とは正反対の礼儀正しい騎士であった。まだこの国も腐ったものではないな、と男は心の中で密かに思う。

「貴方がたもこの国へ来て感じたかもしれませんが、この国は今滅びかけている状態です。数年前、まだ先代の王が存命の時占い師によってある予言がされました。『「天に向かい咲く花」を見つけなければ、この国は滅びる』と。その予言以来我々はその『花』を求めてこの国の隅から隅まで探し歩きました。しかし未だに見つからないのです」

ご協力願えませんか、と深く頭を下げて騎士団長は三人に頼む。懇願といってもいいかもしれない。すぐに返事は出来ない旨を伝えて三人は城を後にした。







城を出た後、城下町をのんびりと歩いていた。『花』を探すか探さないかをすぐに決めなければならない。この国では他の冒険者にとって特な情報は望めそうにもないし、それなら所持金のためにも次の国へと出発せねばならないのだ。

「『花』ねえ・・・予言といってもそれを信じるべきなのかな?まあ確かにこの国は滅びかけてるといっていいけれど」
「占いをそのまま鵜呑みにするのはよくありません。それをどう解釈するかなのですよ。あの宮廷にはそれをする人がいないようですねえ。少し考えれば判るような気がしますけど」
「ふ〜ん、それでどうする?私としてはあんまり引き受けたくないなあ。こんな国を存続させる手伝いをするっていうのも気が引けるし。騎士団長さんには悪いけど」

そうですよね、と城下町を見回しながらながら男は相槌を打つ。王国最盛期には繁盛していただろう店も多くが潰れており、道にも人の気配は少ない。ぼろ切れのような服を纏った人々も見かける。

「お花、見てみたい」

子供が二人のやりとりを見ながら、好奇心いっぱいに目を輝かせて言った。男と女は顔を見合わせる。

「…娘にそう言われては嫌だとは言えませんねえ」
「まったくだわ」

それを承諾の意味と受け取り、少女は笑みを浮かべてその場で舞った。癖のない繊細な髪が、身体が回転するたびに空中に弧を描く。青銀色という不思議な色をした髪は、光の当たり具合によって神秘的な様相を帯びる。

「ユエル、シェリンも踊っていることだし何か一曲やりますか」

男は背に担いでいる袋を下ろしながら女に言った。女は既にその気のようで、自分の背負っていた箱からそれを取り出しているところだった。

「もちろん、早く出しなさいよテイト」

ユエルはボディの丸い弦楽器を持ち肩掛けをかけ、胸と腹辺りにそれを固定した。弦の調整をして基本となる音に合わせる。男が背の箱から出したのもまた同じ弦楽器だった。
その様子に何が始まるのかと興味を持った人々が数人集まってきた。音楽を奏でる者など今のこの国にはいないといっていい。酒場に吟遊詩人さえいないのだから。
男と女は目で合図をし、揃って弦を指で弾いた。演奏の始まりだ。軽快なリズムに乗ってシェリンもステップを踏む。器用につま先だけで立ち、地を蹴り、空中に舞う。外套が邪魔だったのか、曲が盛り上がってくるのと同時にそれを脱ぎ捨てる。既に三人を取り囲み輪となった人々からは歓声があがった。
マントの下には青を基調とした薄手の踊り子用の衣装を身につけていた。細かく鏤められた宝石は日の光を受けて鮮やかに発色し、手首と足首に装着された鈴の付いた輪は少女が舞うごとに軽やかに音をたてる。
二つの弦楽器と鈴の音が、普段は静かなこの城下町に響き渡っていた。閉め切っていた窓を開いてその様子を見ている人々がいる。やつれきった身体の老人が安らかな顔で三人を見る。奏でる音楽に合わせて体を揺らす若い男女もいる。シェリンと一緒に踊り出す少年・少女がいる。
やがてそれは大きな輪となり、音楽を通じて人々の心から笑みが溢れ出た。辛い生活を忘れ、この一時を楽しもうと知らぬ隣の人と肩を組んだ。



この騒ぎを聞きつけて、数人の兵士と騎士団長が輪の中へ割り込んでいった。騎士団長たちの姿をみとめると、テイトは演奏を切りのいいところで止める。ユエルとシェリンもそれに合わせた。
音楽が止んだので聴衆も自然と静まり返った。全てが三人に集中した。それに満足して、テイトは楽器の弦を細かく指で弾きながら今度は少し哀しみ漂うゆったりとした曲を弾き始めた。そして、語りかけるように口から詩を紡ぎ出す。

   
   暗く沈みし街 
   光差せども其れ気付かず
   「花」何処     
   探せども見つからず
   街に居座る黒い影      
   黄金に埋もれ其れ判らず
   「花」何処 
   耳まで埋もれ声聞こえず
   天仰ぎ見る者 
   笑わぬ者有らず
   地のみ見る者  
   心さへ重く
   何故「花」見つけられよう
   地貧しかば花咲かず

短い詩は即興だったが、哀愁漂う音楽に溶けて人々の心に染み入る。民衆だけでなくその場にいた騎士団長達までも。
最後の言葉が紡ぎ出されると同時に音楽も止んだ。人々の嘆息が、詩の終わりから一時ずれて洩れ始める。

「成功なんじゃない?」
「そうみたいですね・・・」

テイトは騎士団長の顔を少しだけ見てみた。先ほどまで「花」に悩まされていて厳しい顔だったのが嘘のように晴れやかだった。

「判ったようならまた楽しくやりましょうか」

楽器を構えて悪戯っぽくユエルとシェリンに向かってウインクする。二人はもちろん、と頷くと同時に弦を弾き、宙に舞った。
人々の手拍子と共に音楽は三人のものからその場にいる全員のものとなる。次から次へとその中へ加わるものが増え、笑い声が行き交う。大きな輪は一つの大きな花を咲かせた。解放された人々の心が一枚、一枚の花弁となって。










「本当に礼はいらないのですか?」

騎士団長が困惑した表情で男を見た。手には袋いっぱいに詰まった金貨が二袋分もある。

「いりませんよ。演奏のおひねりをかなり貰いましたからね」
「それに、そのお金の使い道は他にあるでしょ!これから国を建て直すんだから」
「直すんだから!」

三人の冒険者が口をそろえて兵士に断りを入れた。確かに、これから国の体制を少しずつ改善していくには金は不可欠だ。しかし騎士団長にとって三人は『天に向かい咲く花』の謎を解いてくれた者であるから救国者にあたる。あの詩がなければきっと『花』の意味には一生気付かなかったであろう。礼はどうしてもしたかったのだ。

「ならこうするのはどうですか?この国が良い国になった頃我々はまた訪れましょう。その時には受け取りますよ。救済料ではなく演奏料としてね」
「判りました・・・今まで騎士の身だからと皆命令に従っているだけだったがそれでは駄目なのですね。責務に追われ、大事なことを忘れていました。王をどうするかがこれから問題ですが、私は民が『花』を咲かせていられるように行動したいと思います」
「貴方のような方がそう思っているならきっと大丈夫でしょう。楽しみにしていますよ」

騎士団長は握手を求めた。テイトとユエルはそれに応じて手を固く握り返した。シェリンは頭を優しく撫でられて照れくさそうに頬を赤らめた。










しばらく続く草原の平坦な道を歩く三人の家族がいる。

「しっかし、おひねり貰ったなんて嘘ついたもんだからしばらく貧乏生活ねえ」
「まあいいじゃないですか。次の国で儲け話を探せばいいことです。遺跡発掘なんて久しぶりにやりたいですねえ」
「やりたいですねえ」

三人の笑い声が草の葉揺れる野原で風に流されていく。それに応えるかのように木は枝をざわつかせ、鳥はさえずり、名も知らぬ花が僅かに揺れていた。






― END ―





(この作品は会員制サークル『S.W.A.T.』のオフライン会報用に書いたものです。)